H邸 風を感じる藤森の家

小さな藤森の家


外観


リビング


少し時間は経過してしまいましたが、新築物件を手がけましたので紹介させて頂きます。

この木造の家は、陽当たり、風通し、静けさ、周囲の木々の緑にも恵まれた素晴らしい環境を存分にいかして、五感に気持ちよい住まいとなりました。




ダイニング部分から南のリビング方向をみる
上部はロフトで繋がっている




施主のH様ご家族は、岡山から京都に移ってこられたそうで、幾つかの我々の作品の素材感やテイストで気に入って下さっており、連絡を頂きました。

む、瀬戸内海でもうちの仕事が話題になっているということですか。

「もとは京都出身ですので、岡山に移る前に幾つかの物件で知っていたんです。」
そ、そうですか。・・・ありがとうございます。

普通なら郊外に離れなければなさそうな周辺環境を利便性も込みでこの敷地は兼ね備えていました。
敷地は北面と南面がそれぞれ私道に面しています。南北両方向から車でもアプローチ出来る上に、それが小さな回遊道路となっているのため、交通量は限られていて、小さなお子さんが道に出て遊んでいても、過度に心配しなくて良さそうです。

それにしても素敵な敷地ですよね(更地を眺めながら)。1階にリビングでも2階にリビングでもどちらにしても問題なさそうですし、南北のどちらをメインアプローチにするかも自由ですね、わくわくします。
また、一般的なプランよりも、Hさんご家族の生活の仕方や嗜好にあわせて、より私的で特別な家を作らなければ我々に依頼してもらう面白みがないですね! 
いやあいい敷地だ。・・・特に竹やぶがいい。

「あの、台詞がやけに説明的ですね・・・それで私達が住みたい家のイメージですが・・・(略)」


吉村順三の「小さな森の家」が好きで、あのような雰囲気の家に住みたい、と言われました。小さな森の家は大変有名ですし、好きだという方は多いです。どういった部分に魅力を感じて惹かれるのかは人それぞれかとも思いますが、一つにあの自然の中にある佇まいの雰囲気は外せないでしょう。
しかしあえて都市の中で自宅として住む、という事を考えていきますと、敷地にイメージに沿って適したものが作れるのか、色々と熟慮が必要です。

また、森の家は特にプロポーションが美しいと思っています、窓の縦横の比率などがそうで、一階のコンクリート部分のボリュームと二階木造部分のバランスなども、素晴らしいと感じる要因だろうなと。そこにはまず当然拘りましょう。しかし、森の家から藤森の家に持ち帰ってくるべきものは、やはり空中感覚というか、鳥になったような暮らしの出来る家を作る、ということになるだろうな、と周囲の木々や緑を見渡して強く思い描きました。

ふう、一服させて下さい。



Hさん、ごちそうさまです


もぐもぐ。というわけで、この敷地に似合う、風が心地よく、森の中でボートに揺られているような家、ということをテーマに設計しましょう。折角藤森ですし。

フフ、んまいb

「・・・。兎に角、風通しが良いのはいいですね」


風が心地よい家というのは、気分がふわりと上昇して気持ちが上向きになります。
地下鉄のホームから改札に向かって階段を上がる時にごうごうと風をあびたりするけど、あれ、気持ちいいでしょ。
・・・というのはあり得なくって、つまりは単に空気が流れているというだけでは駄目で、やはり空や木々と戯れながらやってくる風に目と身体で触れることが気持ちを開放的に外に向けてくれるわけです。この家はそれをたっぷり味わえます!

見えましたね、路面電車が海を渡っていくのが見えるような家が。(BGM はっぴいえんど
単に窓から風が入って流れるというのではなく、まるで、自分たちが風の一部になるかのような居心地になれる住まいにしましょう。



南にあるリビングから北のダイニングに向けての大きな空間
床にそっと置かれた脚のないソファが部屋にゆったりとした重力感を与える



窓からすぐ目の前に桜の枝葉や多様な樹木がせまってくる、そんな小さな森の中のような家にしたいので、やはり2階をメインの生活空間にしましょう。
これは、庭との連続性を捨てることを決断するということです。ほんの少しばかりだけ地面を離れた木々との社交空間を。
それにはマンションの高層階ではなく、2階ぐらいが丁度良いでしょう。




ダイニングから窓を通した眺め 桜の葉が美しい
ベランダ部分も全て杉板張りになっている




そして床置きソファーに身を沈めるとき、まさに周囲の緑と一体になります。隣の森の上にふわりとスライドするような。風に乗る帆船のイメージかなあ。

「さっきはボートとか電車とか言ってましたよね。抽象的なイメージばかり言われてもよくわかりませんが、なんだか気持ち良さそうですねー。」

すみませんが、短く結論だけ言うとそういうことなんです。


と、イメージは共有しやすかったHさんですが、実は素材の質感や色や細部のデザインへの拘りを人並みはずれてお持ちの方でした。
こういう素材や色はどうでしょう、といった提案なども沢山頂き、採用させて頂いたり、時にはお互い頭を抱えたり・・。
今思えばこれがかなり楽しかったです。
目標とする好みが遠からずだった為だとは思いますが、なんだかもう一人の自分のような人間に対して設計しているような気分でもありました。

「それ、絶対褒めてませんよね?」



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そんなことないです!
取りあえずプランを具体的に説明します。



一階は至ってシンプルに寝室と個室がメインで、南の庭や玄関アプローチとの関係がとって付けたものにならないよう、仕上げ材に、唐松や、タモなど、日本の建物になじみのあるものを使用しています。



玄関から入って両側に個室、正面から2階へ上がる




玄関の扉を開けると目の前に緑がみえる





2階のプランは可能な限り南北対称になるよう、真ん中に階段室を設け、南のリビング、北のダイニングとキッチン。そして洗面所とお風呂、それら全てを自由に行き来出来るように明快に配置しました。ぐるぐる回れます。

そして大きなロフト部分でダイニングとリビング双方ををつなぎ、断面方向の循環も加える事で空間に特定の力強いリズムを生み出しています。




ロフトは畳貼り。ごろんとすると、下からは見えないので寛げる



ロフトからダイニングを見下ろす



2階全体は一つの気室となっているため、家族の声や音や音楽などで様子を知る事が出来ますが、視線を幾つかの場所で巧くかわすことが出来るようにもなっています。
例えばロフトに上がって横になって寛ぐと下からは見えません。お互いの視線を緩やかに繋いだり消したりすることが出来るよう意識を傾けました。




南の窓からは特に冬に燦々と光が射す


2階の床は全てアピトンの無垢フローリング。普通は土足で使うことの多い南洋材ですが、この素材も船の甲板を想起させる荒々しさと風合いを持っているので、我々が気に入っている木材の一つ。割と強めにプッシュしましたが、Hさんも大変気に入られているとのことです。


そして、藤森で船にゆられ、風になるため、ソファは床に沈み込むようなデザインのものでなければならないと考えました。
脚がなく、床に密着していて且つ座布団や和のテイストが強すぎないものにしなければ、
ということで既製品でイメージしてるのが無いのでオリジナルでデザインして村上椅子さんに作ってもらうことに。今回もまたいい仕事して頂きました。
リビングに凄くあっています。


ムキムキと遊ぶお子様
気持ち良さそうです



ダイニングのテーブルとチェアもデザインしました。制作は安井悦子。
ナチュラルなだけではない凛とした強さと柔らかさのあるカタチにするため、脚の角度や丸みの面の面積までかなり緻密に試行錯誤しました。
結果的に座り心地もよく、Yチェアなどより大きさが少しコンパクトに抑えられたので、ダイニング空間がぴりっと引き締まって美しくおさまっています。


アメリカンチェリーのダイニングテーブルとチェア



キッチンもオリジナルで制作、ナラ材を中心に、濃紺モザイクタイルとステンレスを組み合わせて清潔感と懐かしい雰囲気を演出し、ゆっくりと料理の時間を楽しめる場となっています。
奥さんは、おばあちゃんが似合うキッチンがいい、とおっしゃいましたが、40年、50年後にはさらにどんどんいい感じになっていくと嬉しいです。
おばあちゃんになられる頃に生きていたらまた見にきます。似合ってますよ!としか言わない予定ですが。 



キッチンも風が抜け、外の緑も楽しめます



洗面、脱衣室も、回遊の一部であり、風も抜け、湿気がこもりません。



洗面所 リビング側から入ったところ



扉を開けると、キッチンへと繋がっている



施工は「ツキデ工務店」さんにして頂きましたが、大変しっかりとした仕事で、終止安心でした。ありがとうございます。

結果として、この場所に住むなら、こんな家がいい!というカタチを表現出来たなあ、と我々の満足度も高いです。
好みのテイストが似ていて、お互い方向性がぶれなかったので、緊張感がありつつも話をする楽しみが毎回ありました。

「話はよくずれていきましたけどね! でも結果的にすごくいい家です。」

褒めて下さってます・・ね? 小さな藤森の家、これから何十年とおつきあいをよろしくお願いします。



一級建築士事務所expo